
80年前の1945年3月10日未明、東京に夜間・低高度による焼夷弾攻撃が行われました
視界の良い昼間ではなく、民間人が住む市街地そのものを標的にする無差別爆撃を行いました
約300機のB29が、東京下町の本所・深川・浅草などの人口密集地を狙い、約1700トンの焼夷弾を投下し大火災が発生、焼失家屋は27万戸に上り、死者10万人、負傷者15万人、罹災者は約300万人、罹災家屋は85万戸、焼失面積は140㎢に及びました
住宅が密集し人口密度の高い市街地を焼夷弾で焼き払う絨毯爆撃が行われ、すべて焼け野原になりました
この地域には、軍施設や軍需工場などの目標はなく、住民を殺戮し、戦争継続の意思をそぐことが目的でした
その後も、東京は終戦までに100回以上攻撃されたほか、名古屋、大阪、神戸、福岡といった大都市への空襲を繰り返し、全国の430箇所に上る中小都市にも攻撃を拡大し、広島・長崎への原爆投下後も続きました
原爆を除く一般空襲の死者は、全国で数十万人を超えるという調査もあります
アメリカは、最新の消火設備でも消せない火災をいかに発生させ都市を焼き払うか、議論と実験を重ね、周到に準備していました
日本の20都市を選び、建物の配置や人口密度、燃えやすい区画を調べ、また効率よく家を燃やすため、障子やふすま・ちゃぶ台まで再現して実物大の日本家屋をつくって街を建設し、効果的な焼夷弾の開発もしていました
この大空襲は、国際法違反の無差別絨毯爆撃で、明らかにハーグ陸戦条約に違反した明白な戦争犯罪行為でした


民間人をいかに効率よく大量に殺戮し、都市を破壊しようと、綿密な計画・実験によって行われたのね

民間人を狙ったものなのね・・・

人口密集地の無差別絨毯爆撃だからね

この後の、広島・長崎への原爆投下もね・・・

アメリカが京都や奈良・鎌倉を爆撃しなかったのは、文化財を守るため・・・というのは、全くのウソなんだよ

京都を爆撃しなかったのは、原爆を落とす候補地だったからなのね

原爆の効果を見るために攻撃しなかったんだよ

奈良と鎌倉を爆撃しなかったのは、人工が少なかったからなのね

それで、住宅が密集して人口密度の高い東京の市街地の民間人を狙って、爆撃したのね

その22年前の1923年9月1日には “関東大震災” があったんだよね・・・

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