“アムンゼン” と “スコット” ・・・ “ノルウェーとオスロの旅” からのスピンオフ

“フラム号” フラム号博物館

昨年の暮れ “ストックホルム” でノーベル賞授賞式があり、日本人は化学賞と生理・医学賞を受賞しました、そして平和賞は “オスロ” で授賞式があったのですが、それぞれ “ストックホルム” と “オスロ” を旅した時のことを書きました

オスロでは “フラム号博物館” に行ったのですが “アムンゼン” と “スコット” の壮絶な南極点到達争いは、非常にドラマチックで興味深いものでした

極地探検船 “フラム号” は、ノルウェーの探検家ナンセンが建造し北極海を探検していましたが、その後アムンゼンに譲られます

“アムンゼン” は若い時から探検家を目指し、エスキモーと暮らしスキーや犬ぞりの技術を積み重ねました

“スコット” はイギリス海軍士官で南極点到達の使命を受けて隊長に任命されます

“アムンゼン” は北極点を目指し、北極探検のため出港したのですが、アメリカの探検家 “ピアリー” が北極点に到達したことを知り、その途中秘密裏に北極から南極へと目的地を変え、南極へ向かうことを公表します

そして、南極探検の途上にあった “スコット” に電報を送り南極へ向かうことを知らせます・・・ということで、南極点到達争いになるのですが・・・

アムンゼンは好天にも恵まれ、犬ぞりを使って先に南極点に到達し帰路も順調で、目的を達成し無事帰還します

それから5週間遅れてスコットが到達するのですが、南極点にはすでにノルウェーの国旗が立てられていてアムンゼンに先を越されたことを知ります

そしてその帰路、スコット隊は1000キロ以上戻ったのですが、例外的な悪天候に遭遇し、残り18キロというところで、5人全員が遭難死してしまいます

アムンゼンの行動は、始めは大衆に非難されイギリスでは敵意をもたれることになったのですが、その後、優れた計画・犬ぞりとスキーの長い経験・素晴らしい肉体的スタミナによって南極点に到達した・・・という評価で、ノルウェーの英雄になります

スコット隊が競争に敗れた原因は、アムンゼンが犬ぞりを使ったのに対して雪上車や馬を使用し、経験や防寒具の差、そしてビタミンC不足の壊血病もあったと言われています

同じ時期に、日本の “白瀬南極遠征隊” も南極を目指し、政府は無理解で資金も集まらなかったのですが、南極大陸上陸を果たし南極観測事業に貢献します

アムンゼンはその後、飛行船で北極点に到達し、人類史上初めて両極点到達を果たしました

“コンチキ号” コンチキ号博物館

ノルウェーの個人的探検家 “アムンゼン” と、使命を受け任命され期待された英国海軍の軍人 “スコット” の争いということになったんだね

スコットは運も悪かったけど、装備や経験不足もあったのね

植村直己も北極探検の時には、エスキモーと暮らして経験を積んだのよね

日本の白瀬南極隊は、ノルウェー人のスキーを見て “妙な板を履いている・・・” という程度だったというからね

馬で北極は、何だか無理っぽいわね・・・

馬の食糧の牧草も運ばなきゃいけないしね・・・

アムンゼン隊の出発時52匹いた犬は、途中どんどん食べられて、最後は12匹だったって・・・

犬も食用にしたのね・・・

アムンゼンは招待されて日本にも来たらしいわね

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